大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)1833号 判決 1990年4月26日
原告
水原美子
被告
豊和信用組合
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対して、各自金一一二六万〇〇六八円及び内金一〇二六万〇〇六八円に対する昭和六一年七月八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。
四 この判決第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは原告に対して、各自金四六三〇万一三三五円及び内金四一五四万四三三五円に対する昭和六一年七月八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自動車と衝突事故を起こして負傷した原動機付自転車の運転者が、右自動車の運転者に対し民法七〇九条に基づき、その使用者兼自動車保有者に対して民法七一五条及び自賠法三条に基づき損害賠償を請求した事件である。
一 争いのない事実
1 次のとおりの交通事故(以下、「本件事故」という。)が発生した。
(一) 日時 昭和六〇年三月一九日午後四時ころ。
(二) 場所 大阪府豊中市本町四丁目二番一三号先の三叉路交差点(以下、「本件交差点」という。)
(三) 加害車両 被告豊和信用組合保有の普通軽四輪貨物自動車(大阪四三え一四九九、以下、「被告車」という。)
(四) 右運転者 被告長井康之(以下、「被告長井」という。なお、被告長井は、被告豊和信用組合の従業員で、本件事故当時、被告豊和信用組合の業務に従事していた。)
(五) 被害車両 原動機付自転車(以下、「原告車」という。)
(六) 被害者 原告
(七) 事故態様 見通しの悪い本件交差点を直進しようとしていた原告車と左方道路から右折してきた被告車が本件交差点内で衝突した。
2 損害の填補
原告は、本件交通事故による損害の填補として、被告らから合計金一八二四万二六七二円(請求外の治療費等を含む)を受領した。
二 争点
1 損害額。その主要な点は次のとおりである。
(一) 休業損害及び逸失利益の基礎となるべき原告の収入額。
原告は、本件の前日に阪急パーキングサービス株式会社に日給金九四〇〇円(最低保障月二五日分)、夏期手当金三万八〇四〇円、年末手当金二五万一〇六四円の条件(年間受領金三一〇万九一〇四円)で採用され勤務を開始していたのであるから、右金額をもつて、休業損害及び逸失利益の算出基礎とすべきである旨主張するのに対し、被告らは、本件事故当時まで原告は専業主婦で、本件事故前日に一日だけ勤務したにすぎないから、休業損害及び逸失利益は女子年齢別平均賃金に基づいて算定すべきものである旨主張する。
(二) 後遺障害による労働能力の喪失率及び喪失期間。
原告は、後遺障害は少なくとも後遺障害別等級表五級七号(左下肢機能全廃)に該当し、これによる労働能力の喪失率は七九パーセントで、喪失期間は症状固定時(四四歳七月)から六七歳までの二二年五月である旨主張するのに対し、被告らは、原告の後遺障害による労働能力喪失率は三〇パーセント程度で、その喪失期間は数年からせいぜい一五年である旨主張する。
2 過失相殺
被告は、本件事故の発生については、原告にも前方を十分注視していなかつた点や娘を後部荷台に乗せて二人乗りをしていたため適切なブレーキ操作をなしえなかつた点に過失があり、これらの原告の過失割合は五〇パーセントを下らないものである旨主張する。
第三争点に対する判断
一 損害額について
1 治療費 金四六一万七六八〇円
原告は、本件事故による受傷の治療のために要した治療費を本訴において請求しないが、被告らは、右治療費を総損害額及び損害の填補額に加算すべきである旨主張しているものとみられるところ、証拠(甲一の五、五ないし二五、二六の一ないし二一、二七の一ないし一一、二八、二九、乙二〇、証人皷敏光、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、左大腿骨々頭骨折、左脛骨及び左腓骨々折、左大腿挫傷、全身打撲の傷害を負い、その治療のために、市立豊中病院に昭和六〇年三月一九日から同年八月一〇日までの間及び昭和六一年三月二四日から同年四月二日までの間、合計一五六日間入院し、昭和六〇年八月一一日から昭和六一年七月七日までの間通院(実通院日数九日)することを要したこと、そして、その間の治療費として前記金額を要したことが認められる。
2 入院雑費(請求額金一五万六〇〇〇円) 金一五万六〇〇〇円
右のとおり、原告は合計一五六日間入院したが、その間の入院雑費は、少なくとも一日あたり金一〇〇〇円と認めるのが相当であるから、金一五万六〇〇〇円となる。
3 付添看護費(請求額金六四万六〇〇〇円) 金五四万六〇〇〇円
右のとおり、原告は一五六日間入院したが、証拠(甲一の五、五、二七の一、二、証人皷敏光、原告本人)によれば、右入院期間中付添看護を要する状態にあり、その間原告の娘らが付き添つていたことを認めることができ、近親者の入院付添費は、一日あたり金三五〇〇円と認めるのが相当であるから、一五六日間で右金額となる。
なお、原告は通院付添費も請求するが、通院の際に付添を要したことを認めるに足りる証拠はない。
4 休業損害(請求額金四〇四万六〇九四円) 金三二四万三六八九円
(一) 証拠(甲一の五、二、三の一及び二、四、乙一八の一ないし三、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
原告(昭和一六年一二月七日生、本件事故当時四三歳)は、以前宝塚歌劇団に所属していたが、退団後は主婦のかたわら、昭和五五年一二月から大阪の北の新地でクラブ(飲食店)を経営していたものであるが、本件事故直前の昭和六〇年三月一四日に右クラブを処分し、宝塚歌劇団の後輩の紹介で、大阪梅田のパブの飲食接待主任として阪急パーキングサービス株式会社(以下、「訴外会社」という。)にスカウトされて入社することとなり、同月一八日に、日給金九四〇〇円(最低保障月二五日分)、夏期手当金三万八〇四〇円、年末手当金二五万一〇六四円(年間受領すべき金額三一〇万九一〇四円)の条件で同社に採用され、同日一日だけ稼働していた。
右採用の際に予定されていた原告の勤務内容は、午後六時から一一時までの間カウンター越しに飲食客の接待にあたるというものであつた。また、原告は一般従業員として採用されたものであつたが、実質上は、いわゆる雇われママと同じ立場であつた。
訴外会社では、一応六か月の試雇期間を設けていたが、原告が本件事故に遭わなければ、原告が五五歳に達するまで雇用する予定でいた。
また、原告が勤務するうえで必要となるべき衣裳代、化粧品代などについては、一応個人負担とされ、訴外会社において、これらについて特に付加給として支給する予定はなかつた。
原告は、本件事故により入院加療を余儀なくされたため、同年四月一七日までに訴外会社を解雇され、その後症状固定日(昭和六一年七月七日)まで稼働することができなかつた。
(二) 以上の事実に基づいて判断するに、原告は、本件事故前日に訴外会社に採用され、一日稼働したにすぎないものではあるが、以前宝塚歌劇団に所属していたりクラブを経営したりしていたことなどの原告の経歴、訴外会社にスカウトされたという入社の際の経緯、訴外会社においても原告が本件事故に遭わなければ五五歳まで雇用する予定でいたことなどを考え併せると、原告が訴外会社に勤務していたなら得ることができたはずである収入をもつて、原告の休業損害の基礎となるべき収入額と認めるのが相当である。
そして、原告は年間の給料手当金三一〇万九一〇四円の条件で訴外会社に採用されたものであるが、勤務するうえで必要となるべき衣裳代等の経費が個人負担とされていたこと(なお、甲三七によれば、訴外会社には被服貸与規程があり、食堂関係の従業員にも制服、前かけなどを貸与するとされているが、原告の仕事の内容からみて、右規程によつて貸与される制服等を着用して接客にあたるものであるとは考え難い。)からすると、原告は勤務をするうえでこれらの経費の負担も免れなかつたものというべきであり、これらの経費は、原告が訴外会社から支給される給料手当金の二割に相当するものと認めるのが相当である。
そうすると、原告の休業損害の基礎となるべき年間の収入額は、前記年間給料手当金から二割を控除した金二四八万七二八三円(円未満切捨て。以下同じ。)と認めるのが相当である。
そして、原告は、本件事故に遭わなければ、本件事故当日の昭和六〇年三月一九日から症状固定日の昭和六一年七月七日までの四七六日間にわたり、年間金二四八万七二八三円の収入が得られたというべきであるから、原告の休業損害額は、次式のとおり金三二四万三六八九円となる。
二四八万七二八三×四七六÷三六五=三二四万三六八九
5 後遺障害による逸失利益(請求額金三五八一万一三八一円) 金一八〇六万五〇五七円
(一) 証拠(甲一の一ないし七、五ないし二五、二六の一ないし二一、二七の一ないし一一、二八、二九、乙一七の一ないし三、一八の一ないし三、証人皷敏光、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
原告は、本件事故により前記認定の傷害を負い、市立豊中病院において、昭和六〇年四月三日左股人工骨頭置換術、左脛骨々折整復固定術を受け、昭和六一年三月二六日左脛骨部抜釘術を受け、同年七月七日に、左股関節について運動制限、運動痛、筋力低下、左膝関節について運動制限、運動痛、軽度動揺性、左足関節について運動制限、左大腿萎縮等の後遺障害を残して症状が固定した。
右後遺障害によつて原告は正座不能となり、歩行も松葉杖(片)使用にてゆつくりと約三〇分できる程度に制限された。
また、左股人工骨頭の耐用年数は長くて二〇年間とされ、今後再置換手術を要する可能性があり、さらに左膝関節については症状固定後も変形性関節症の徴候が表われ、今後悪化する可能性があるとされている。
右後遺障害は、自賠責保険の関係で、後遺障害別等級表八級七号(左股関節部の用を廃したもの)、一二級七号(左膝関節部の機能障害)、一二級七号(左足関節部の機能障害)として併合七級に該当する旨の事前認定を受けた。
原告は、本件事故当時から、夫と娘二人の四人で同居して生活をしていたものであるが、本件事故により訴外会社を解雇されるとともに、家事労働についても、前記後遺障害によつて、動き回わる仕事は相当程度制限されているが、左足に負担をかけない態様での家事労働については特に障害はない。
(二) 以上の事実によれば、原告は、その後遺障害につき、自賠責保険の関係で併合七級に該当するものと判断され、今後増悪する可能性もあるというべきであるが、他方、原告の障害部位は左下肢に限局され、家事労働も左足に負担をかけるようなものでなければ特に障害はないというべきであり、これらに前記認定の原告の年齢、職業等の諸事情を併せて考えれば、原告は、本件後遺障害により、症状固定日の翌日(当時四四歳七月)から六七歳に達するまでの二二年間にわたり、平均してその労働能力の四五パーセントを喪失したと認めるのが相当である。
(三) 原告の後遺障害による逸失利益算定の基礎となるべき収入額についてみるに、訴外会社は原告を五五歳まで雇用する予定でいたものの、原告自身は具体的に何歳くらいまで勤務しようと決めていたわけではないこと(原告本人)、原告は、夜間は訴外会社で勤務する予定ではあつたが、それ以外の時間は主婦として家事労働に従事していたものであることに加え前記認定の原告の経歴等を併せて考えると、原告は四四歳七月から六七歳までの二二年間、少なくとも、毎年平均して昭和六三年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の四〇歳ないし四四歳の女子労働者の平均年収である金二七五万三四〇〇円を下らない収入を得ることができたはずであると推認することができる。
(四) そこで、右金額を算定の基礎とし、前記労働能力喪失率を乗じたうえ、ホフマン式計算法により中間利息を控除して、原告の逸失利益の症状固定日当時現価を算出すると、次式のとおり金一八〇六万五〇五七円となる。
二七五万三四〇〇×〇・四五×一四・五八〇=一八〇六万五〇五七
6 慰藉料(請求額金一三五六万円) 金九〇〇万円
以上認定の諸般の事情を考慮すると、本件事故によつて原告が受けた肉体的、精神的苦痛に対する慰藉料としては、傷害分、後遺障害分を合わせて、金九〇〇万円が相当である。
二 過失相殺
1 証拠(乙一ないし四、八の一ないし八、九ないし一四、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件事故現場付近の道路の状況は、別紙図面記載のとおりであり、本件事故地点(別紙図面記載の<×>地点。以下、○で囲んだ記号は、別紙図面記載の地点を表わす記号を示す。)は、センターラインで区分された車道の幅員六・三メートルの南北道路とその西側の幅員三・八ないし四・一メートルの東西道路が丁字型に交差する本件交差点内である。
(二) 南北道路は、コンクリート舗装のなされた平坦な道路で、本件事故当時路面は乾燥しており、制限速度は時速三〇キロメートルに規制されていた(なお、本件交差点入口付近で一旦停止すべき旨の規制はなされていなかつた。)。
他方、東西道路は、東行一方通行の規制がなされ、本件交差点入口付近の路面には停止線がひかれ、一時停止の標識が設置されていた。
また、本件交差点付近の見通しは、東西道路の南側に沿つてトタン塀が設置され、その南側が植込みになつていたため、南方から西方及び西方から南方の見通しが利かない状態であつた。
(三) 被告長井は、被告車を運転して、東西道路を本件交差点に向かつて東行し、本件交差点入口の停止線手前(<1>の地点。<×>の約三・七メートル手前)で、右折の合図を出しながら一旦停止し、左方を見たところ、南北道路の南行車両が一台あつたため、その通過を待つて発進し、約一・三メートル進行した地点(<2>。<×>の二・四メートル手前)で、今度は右方を見ながら再度一旦停止した。その停止地点から右(南)方向の見通しは、前記トタン塀等のため十分利かなかつた(右地点の被告車運転席からは、右地点とその一九メートル南方のセンターライン上の点(<甲>)を結ぶ線より南(西)側は前記トタン塀等のため死角となつていた。)が、被告長井は、右方を見て見える範囲に北行車両がなかつたことから、今度は再び左方を見て、ハンドルを右に切りながら、時速五キロメートル程度で再発進し、本件事故地点にさしかかつたところ、被告車前部を、南北道路を北行してきた原告車の前部に衝突させた。
(四) 他方、原告は、次女(中学三年生)を後部荷台に乗せて原告車を運転し、南北道路の北行車線を本件交差点に向かつて時速三〇ないし四〇キロメートルで北進していたが、左方の東西道路から被告車がゆつくり右折しながら交差点に進入してきているのを、本件事故地点の直前に至つてはじめて発見し、大声をあげながら急ブレーキをかけたが間にあわず、前記態様で被告車と衝突した。
(五) 本件事故後、被告車は本件事故地点の約〇・五メートル先(<4>)で停止し、他方、原告車は本件事故地点の東北約三・七メートルの地点(<ウ>)に、原告も次女とともに本件事故地点の東北約三・七メートルの地点(<イ>、<あ>)にそれぞれ転倒した。
2 以上の事実に基づいて判断するに、被告長井には、見通しの悪い交差点を狭路から広路に右折しようとしていたのであるから、右方の見通しが十分利く地点で一旦停止したうえ、右方の安全を確認して発進、右折すべき注意義務があるというべきところ、被告長井は、本件交差点手前の右方の見通しの十分利かない地点で二度にわたり一旦停止したものの、右方の見通しが利く地点まで出て一旦停止することも、その地点で右方の安全を確認することなく、左方のみ見ながら発進して本件交差点に進入したものであり、被告長井の右過失が本件事故発生の主たる原因となつたというべきである。
他方、原告においても、原動機付自転車を二人乗りして運転していたうえ、本件事故地点直前まで被告車を発見しなかつたという前方不注視の過失があり、この過失も本件事故の発生及び原告の損害の拡大の原因となつたというべきである。
そして、双方の過失の内容、程度を対比し、前記認定の本件事故現場付近の道路の状況、本件事故態様等を総合して考えると、双方の過失割合は、被告長井八割、原告二割とみるのが相当である。
3 そうすると、被告らが原告に対して賠償すべき損害額は、前記二1ないし6の合計額金三五六二万八四二六円からその二割を控除した金二八五〇万二七四〇円となる。
三 損害の填補 金一八二四万二六七二円
原告が損害の填補として受領した右金員を控除すると、被告らが原告に対して賠償すべき損害残額は、金一〇二六万〇〇六八円となる。
四 弁護士費用(請求額金四七九万円) 金一〇〇万円
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、金一〇〇万円と認めるのが相当である。
(裁判官 本多俊雄)
別紙〔略〕